存在を忘れないでいただきたい

Trunk

2011年08月02日 00:15

さっき、オフィスの真中のソファーに座っていたら、背後から、コツコツコツコツコツコツコツコツと足音が近づいてきて、鳥肌が立った。
振り向いたら、寝すぎたのか目を腫らし、きっとうつぶせで寝てたのだろうと思うけど、枕カバーの筋みたいのが顔に刻印されたおぞましい顔の人がいて、叫びそうになった。
彼はカルトナージュ部部長と名乗った。
ああそうか、あの人はここの第二の親分みたいな人なんだね。
穴倉から熊さんの如く出てきましたよ。

カルトナージュ部部長が出てきた扉は、あともう少しすると三分の一の大きさになってしまうと、さっき、建築鑑賞の会の人が言ってたな。
なんでも、あまりにもモグラをやってると、存在が淡くなるらしく、シュレディンガーの猫みたいな部屋になるのだそうです。
存在と不在が共存するお部屋だそうです。

さっき、起きて来た熊さんは、私の存在に気付かなかったらしい。
私、心理学研究部部長ともうします。
製本部部長殿が最近製本して、画像をアップしてましたけど、その時私、何か発言しました。
コンプレックスという言葉は、無意識下に眠る複数の心的勢力だ、と言うようなことを言った気がします。
それから、7月17日の更新時に、中井久夫氏の「アリアドネからの糸」という本の中から「いじめの政治学」というエッセイについて、簡単に引用したりしました。
ADHDに関する記述にも関わってました。
そして3月11日に起きた「東日本大震災」についての更新時にも発言しました。

ここで、その時に話したPTSDについて、もう一度話してみたいと思います。

PTSDはポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー の略です。(英語表記がわからないし、ディスオーダー(障害)この発音で良かったかどうかもあやふやですが)
訳せば「心的外傷後ストレス障害」です。

この障害は遠い昔から存在しましたが、精神医学会で注目され始めたのはかなり最近です。
いつくらいからなのかは定かではないのですが、ベトナム戦争から帰還したアメリカ兵にその症状があったようです。
その当時は戦争神経症と呼ばれていました。
DSM-Ⅳの時代になって、この病はPTSDと呼ばれるようになりました。

説明読むだけだとたぶんわかりにくいし、私は専門家ではないので、大体こんな感じだよ、ぐらいしか言えませんので、全部丸呑みしないで聞いてくださいませ。

あまりにも恐ろしい事が起きて(3.11の時の津波のように)異常心理になる。
いつまでたっても、そのことがうまく理解できないし、乗り越えられない。
でも時間は刻々と過ぎてゆく。
今まで、何気ない生活を送ってきた。今までは正常に時間の経過を肯定することが出来た。
しかし、つい今しがた起きた、「それ」は一体何だったのか?把握できない。何が起きたのかわからない。今までの暮らしがごっそりと失われ、そのことを飲み込むことが出来ない。
普通記憶はすんなりとその時々の事を飲み込むことが出来る。だから前に進める。
しかし、先ほど起きた「それ」は受け入れることが出来ないままでいる。
だから、前に進めない。
記憶システムはそれを乗り越えて前に進めようとする。
すると、「それ」が、今実際に、また再び起きているかのように迫ってきてその人を脅かす。
その時、その人はほとんど癲癇に近いような発作状態になる。

この障害は、阪神淡路大震災の時に日本でも知られるようになった障害です。
ですから、この度の東日本大震災で被災された方の中にもこの障害になってしまった人が大勢いるのではないかと思います。

PTSD これとどう向き合ったらよいのか、それが課題ですね。

と、長々と話をしてしまいましたが、とぅらんく邸の住民、心理学研究部をどうぞよろしく。

カルトナージュ部部長さん、よろしくね~。

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